東京地方裁判所 平成8年(ワ)13623号 判決 1997年12月11日
原告
株式会社フジタ
右代表者代表取締役
藤田一憲
右訴訟代理人弁護士
田宮甫
同
堤義成
外三名
被告
山木隆夫
外一名
右両名訴訟代理人弁護士
小林弘明
同
尾﨑毅
外一名
被告
杉山香代子
主文
一 原告の各請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
一 請求の趣旨
1 被告山木隆夫は、原告に対し、原告から五八七五万円の支払を受けるのと引き換えに、別紙物件目録一記載の建物について、平成七年一一月二九日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、引き渡せ。
2 原告に対し、被告山木隆夫は、原告から二〇〇〇万円の支払を受けるのと引き換えに、被告山木佳代子は、原告から五〇〇万円の支払を受けるのと引き換えに同目録二記載の建物について、平成七年一一月二九日売買を原因とする各共有持分全部の移転登記手続をし、かつ、引き渡せ。
3 被告杉山香代子は、原告に対し、原告から二七四〇万円の支払を受けるのと引き換えに、同目録三記載の建物について、平成七年一一月三〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をし、かつ、引き渡せ。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 所有権(各共有持分全部)移転登記手続請求を除き、仮執行の宣言
二 事案の概要(1記載の事実は、当事者間に争いがない。)
1 原告及び被告らは、いずれも別紙物件目録記載の一棟の建物(以下「カーサ西新宿」という。)に属する区分所有建物の区分所有者である。
カーサ西新宿の所在する土地一帯は、西新宿六丁目6街区街づくり協議会による開発事業(以下「開発事業」という。)が計画されている地区であり、カーサ西新宿をも含めた再開発計画の立案が作成され、カーサ西新宿の区分所有者らの団体であるカーサ西新宿管理組合(代表者長谷川博、以下「管理組合」という。)に対しても、右協議会から開発事業への参加の勧誘が行われていた。
管理組合は、開発事業に参加するべく、平成七年七月二二日に開催された臨時総会において、カーサ西新宿の建替えについて協議し、総区分所有者五四名、その総議決権一万五〇〇〇中、賛成区分所有者四六名、その議決権数一万三七九五により、次のとおりカーサ西新宿の建替え決議(以下「本件建替え決議」という。)をした。
① 再建建物の設計の概要
別紙のとおり
② 建物の取壊し並びに再建建物の建築に要する費用の概算額及びその分担に関する事項
開発事業の事業者が等価交換の方式により負担するため、カーサ西新宿の区分所有者の負担は零
③ 再建建物の区分所有権の帰属に関する事項
各区分所有者は、その所有するカーサ西新宿の専有面積の1.3倍の専有面積を再建建物において取得する。
管理組合は、カーサ西新宿の建替えが開発事業の一環として等価交換方式により行われるのに伴い、その敷地が別紙のとおり変更するため、本件建替え決議と同時に、敷地変更の決議を前同様の多数決により行った。
2 本件は、本件建替え決議に賛成した原告が建替えに参加しない旨を回答した被告らに対し、区分所有法六三条四項の規定により区分所有権等の売渡し請求をしたことに基づき、被告ら所有の各区分所有建物について、所有権移転登記手続及び明渡しを求めるものである。
被告らは、本件建替え決議は、客観的要件である「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由」を欠くのみならず、「敷地の同一性」の要件を満たしていないから、無効であると主張した。
本件の争点は、右要件の存否である。
3 争点に関する原告の主張
(一) 客観的要件について
(1) カーサ西新宿は、昭和五四年に竣工された昭和五六年の新耐震基準以前の建物で、しかも、下部(一階から四階)は鉄骨鉄筋コンクリート造り、上部(五階以上)は鉄筋コンクリート造りのいわゆるつなぎ建物(甲三一号証)で、地震の際には最も崩壊の危険性の高い建物である(甲一六ないし二二号証)。
したがって、耐震補強をする必要があるが、エレベータに単純な耐震工事をするだけでも一四〇万円の費用がかかり(甲二三号証)、全体的に耐震工事をするには、常識的に見ても数千万円の費用がかかることは公知の事実である。
(2) カーサ西新宿については、給排水の配管について老朽化が進んでいた。このことは、既に本件建替え決議の一年以上前の平成六年五月二八日の説明会においても問題とされ、大修繕の必要が言われていた(甲一三号証)。この説明会には、現実に朽廃した給排水の配管が提示され、その朽廃状態が示されているのである。現にその後の調査によっても朽廃は進んでおり、すべて取り替える必要がある(甲二五号証)。そして、その費用としては、二八八三万円余りを要する見込みである(甲二六号証)。
(3) また、現在、外壁のコンクリートにも数多くの亀裂が生じており、この亀裂は、単に表面だけではなく、内部の鉄筋にまで至っている(甲二七号証)。この結果、内部の鉄筋に腐食が生じており、このままでは倒壊にまで至るおそれが十分で、直ちに補強の必要がある。このために必要な費用は、外壁塗装も含めて約五八八〇万円にも及ぶ状況である(甲二八号証)。
(4) さらに、平成六年八月九日時点で今後必要となる修繕費を財団法人マンション管理センターに計算させたところ、甲一四号証となるとの報告を得た。これによると、前述の特別な修繕を想定しなくても、平成七年には一〇一八万円、その二年後には三八〇〇万円もの修繕費用が必要となるとのことであり、一戸当たりの積立金は、従前の一か月当たり七四〇円から、一二倍以上の九四〇〇円にも及ぶことになる。
以上のとおり、カーサ西新宿にあっては、現実に朽廃が進んでおり、これを回復するためには、過分の費用を要する。
(二) 敷地の同一性について
一般的には、再建建物の敷地は、取り壊される建物の敷地である。確かに、条文上の文言、建替え決議の趣旨から言って、旧建物の敷地と全く無関係に任意の土地を選択し、再建建物の敷地とすることには壁があることはそのとおりであろう。しかしながら、旧建物の敷地と再建建物の敷地は機械的に全く一致していなければならないということはない。現に、多くの学説が、旧建物の敷地の隣接地を買収し、再建建物の敷地に取り込むことや、逆に、旧建物の敷地の一部を売却し、その代金を再建建物の建築費の一部に当てること等については、異議なく認めている。とするなら、新旧建物の敷地の同一性については、結局、相対的な問題にすぎない。しかも、この敷地の同一性の範囲は、たとえば、阪神大震災の後の建替えの問題(甲二九号証)や本件のような大規模な再開発に関連する建替えの問題等この範囲を拡大すべき現実が出現しているのである。
本件は、別紙のとおり、旧建物の敷地に隣接地を付け加えて再建建物の敷地にする内容の建替えであるが、敷地の増大部分の取得費用も再建建物の取得費用も全く不要なケースであり、区分所有法六二条の建替えの許容範囲内というべきである。
4 争点に関する被告らの主張
(一) 客観的要件について
(1) カーサ西新宿において、給排水の配管工事、外壁や鉄筋の補強工事、外壁塗装が必要になっていたとしても、それは、経年によって必要となる修繕であり、既に修繕計画が行われているべきものである。
このように、経年によって必要となる修繕が必要となったとしても、その費用が修繕計画上予想すべき程度のものであれば、これが反対者の区分所有権を奪う結果となる建替え決議の要件である「老朽、損傷、一部の滅失その他の事由」に当たるというべきでないこと明らかである。
また、管理組合の総会や説明会においては、右のような修繕はほとんど問題となっておらず、現に、平成六年五月二八日の説明会においても、「今すぐではないが、今後給排水管の取替え等で大修繕の必要はある。」(甲一三号証)とされており、緊急の問題として給排水の配管工事が取り上げられていたわけではない。
(2) 原告は、外壁のコンクリートの亀裂や内部の鉄筋の亀裂、腐食を建替えの客観的要件の問題として主張しているが、本件建替え決議の客観的要件の存否は、議案の提案理由によって説明されていたことを前提に判断すべきである。本件建替え決議の議案の提案理由においては、右外壁の亀裂等は一切説明されていない。
よって、この点に関する原告の主張は、本件における判断に加えるべきではない。
(二) 敷地の同一性について
(1) 敷地変更決議の効力について
本件建替え決議においては、同時に敷地の変更決議がなされている。敷地の変更決議は、区分所有法二一条、一七条を根拠になされているが、同法二一条の敷地の変更決議とは、たとえば、敷地に駐車場を新設するなど敷地の用途を確定的に変えることであり、敷地の処分は含まない。しかるに、本件における敷地の変更決議は、「再建建物の敷地利用権については、組合員と開発事業予定土地の各組合員以外の地権者との共有となる。」と説明しているように、カーサ西新宿の区分所有者は、その有する区分所有権と敷地利用権を開発事業予定土地の他の地権者の所有権等と等価交換し、新たに再建建物の区分所有権及び開発事業予定土地全部についての共有持分権(これが新たな敷地利用権となる)を取得するという内容であるから、敷地の変更ではなく、敷地利用権の処分そのものである。敷地の処分は、共有持分の処分であるから、共有者全員の同意が必要であり、多数決によってはできない。
本件では、敷地の共有者全員の同意はないから、敷地の等価交換についての決議は無効である。
(2) 本件建替え決議は、別紙のとおり、カーサ西新宿の区分所有者共有の七一三番六の土地上の建物を取り壊し、右敷地を含まない中野隆保所有の六九四番一の土地外数筆の他人の土地上に住宅棟を建てるという内容である。
区分所有法二条五項は、「この法律において、「建物の敷地」とは、建物が所在する土地及び五条一項の規定により建物の敷地とされた土地をいう。」と規定し、同法六二条一項は、建替えの要件として、「建物の敷地」に新たに再建建物を建築することを要求している。
したがって、文理解釈上、建替え後の再建建物は、建物が所在する土地又は五条一項の規定により建物の敷地とされた土地上に建築されなければならない。
本件建替え決議における再建建物の敷地が右敷地の同一性の要求を満たさないことは明らかである。
(三) 以上のとおり、本件建替え決議は、再開発事業を計画していた原告らが、再開発に必要なカーサ西新宿の区分所有者全員の承諾が得られなかったため、現実には建替え決議の要件が存在しないにもかかわらず、形式上右要件が存在すると装ってなされた無効なものである。
5 争点に対する判断
(一) 敷地変更決議の効力について
(1) 前記争いのない事実と証拠(甲一ないし五号証、三一号証)によれば、次の事実が認められる。
① カーサ西新宿は、昭和五四年三月一四日に新築された一部(一階から四階)鉄骨鉄筋コンクリート造り、一部(五階以上)鉄筋コンクリート造りの陸屋根一〇階建ての建物であり、その敷地は、新宿区西新宿六丁目七一三番六宅地1184.84平方メートルで、敷地権は右土地の共有持分である。
② 本件建替え決議の内容は、前記二1記載のとおりであるが、カーサ西新宿の区分所有者は、6街区開発事業地区内の他の地権者との間で、その有する区分所有権及び敷地権と再建建物(別紙の住宅棟)の区分所有権及び右開発事業地区内の土地の所有権の共有持分(これが新たな敷地権となる)とを等価交換することになること、その結果、カーサ西新宿の区分所有者の敷地権は、建物の建て替えに伴い、七一三番六の土地の共有持分から別紙土地権利状況表記載の各土地の共有持分に変更され、新旧建物の所在地は別紙のとおりとなること。
(2) ところで、区分所有法二一条の敷地の「変更」とは、敷地の物質的変更、たとえば、庭をアスファルトで舗装して駐車場とすることを意味し、譲渡等の処分を含まないから、敷地の譲渡等の処分をするには共有者全員の同意を要する。
本件建替え決議の内容がカーサ西新宿の区分所有者が有する区分所有権及び敷地権の譲渡を包含することは、右事実から明らかであり、これを敷地の「変更」として区分所有法二一条の多数決により律することはできない。
したがって、本件建替え決議と同時に行われた敷地変更の決議は無効というほかなく、これにより被告らの敷地権は何らの影響を受けない。
(二) 右事実によれば、再建建物の敷地(六九四番一外四筆)がカーサ西新宿の敷地(七一三番六)上にないことは明らかである。本件建替え決議は、いわば旧建物の敷地を等価交換により処分して新たな土地を取得し、その土地の上に再建建物を建築する形の建替えであり、旧建物の敷地を処分するには共有者全員の同意を要することとあいまち、区分所有法六二条が予定する建替えの範ちゅうを逸脱していると言わざるを得ない。
(三) よって、客観的要件の存否について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判官髙柳輝雄)
別紙物件目録<省略>
別紙西新宿六丁目6街区開発事業建設工事計画概要書<省略>
別紙土地権利状況表<省略>